アダムとイブの昔より
 


     2



言い方が悪いかも知れないが、
何となれば最大の緊急避難として有無をも言わさぬ恰好での権力行使だって出来よう、
国家機関である軍警でさえ手に負えないような。
途轍もない級の荒事や複雑錯綜難事件を収拾するよう依頼されるだけあって、
特殊な異能を自在に操れたり、はたまた一風変わった人格だったり、
物怖じという次元に縁のない太々しい剛の者だったりと、
一癖も二癖もある人々が調査員として集う “武装探偵社”において。
前職が前職なだけに、
役者のような見目見かけや普段の飄々とした振る舞いからは想像がつかぬほど、
実は社で一番かもしれないほど奥の深いお人に“教育係”として付き添われ、
割り振られた仕事に奔走していたその先で、
そんな彼の前職にまつわる ちょっぴり繊細微妙な人間関係とやらにも接する機会あってのこと。
虎の少年こと中島敦くんは、
何で裏社会の組織の幹部なんかやっているのかしらと不思議に思うほど、
誠実で義に厚く、思いやりもあっての人としてそれはよく出来た恋人さんと出会って。

  任務として敵対組織と殺し合ったりする人ではあるけれど

何丁もの機関銃による一斉掃射に晒され、
お返しとばかり、自身の異能で狙撃手を何トンもの重力で圧死させるよな人ではあれど。
そういう暴力の世界にしか居場所がないまま育っただけに、
裏社会にて地位を得、のし上がった存在なのも致し方がないという順番だった人。
物の道理は知っており、時に非道な処断に立ち合い、苦々しい想いを抱えつつも、
誰のせいにもしないで顔を上げて歩む、
強靱で真っ直ぐな人だというところに心打たれて。
辛いことがいくらでも襲うような先行きしか見えない道行きだけれど、
自分も負けないように強くなるからと、
遠ざけようとしたその人に自分から食いついて今に至って居たりして。

  その騒動の傍らで

太宰氏自身もまた、
後ろ髪引かれつつも已む無く組織へ置き去りにして来た愛しい人物と
何だかんだあった末、深く複雑に錯綜していた拗れと向かい合い、
念願かなって縒りを戻しており。
そういった顛末に沿うこととして、
顔を合わせりゃ “殺す”と凄まれ、容赦なく切り刻まれて、
果ては こっちの状況も考えず、
自分と戦えと修羅場に強引に割り込んでさえ来た おっかない漆黒の死神さんと、
同じ師匠に見守られて育った、いわば兄弟弟子のようなものという把握をされ。
死線を辿るよな究極の前線で渡り合い、
共通の敵を相手に共闘を組むよな機会を幾度かくぐったことで
理解や信頼を築き上げていたところへ、
直接憎み合うような要素が立ち消えたこともあり、

 「ここで一旦水に挙げてサッと冷ましてから
  すり鉢にあけて、
  摺りこぎ棒で搗いてなめらかさを出す、だって。」

 「応。」

そんな兄弟子さんのお家のキッチンにて、
先日のお月見には買ったので間に合わせたお団子、
“のちの月見”には自家製のを用意してお互いの連れ様を驚かせてやろうと、
ネットの情報サイトを観ながら、
時々アチアチと飛び上がるご愛嬌付きで奮闘してござる。

 「羅生門使っちゃダメだぞ?
  外套でなくとも生地の繊維が混ざりかねない。」

 「そちらこそ虎の腕を出すでないぞ。毛並みが入っては玉なしだ。」

 「しないったら。」

砂糖を足した上新粉をお湯でこねつつまとめ、
蒸し器で蒸して水に晒してから、すりこ木で搗いて…と
ミニタブレットに呼び出したレシピと現物とを交互に見比べながらの文字通りの首っ引き。
途中途中でしょむない云い合いが挟まっては “あはは”と笑い合うところが何とも長閑だ。
コトの発端は他愛のないおしゃべりからで、

『中也さんからのまた聞きだが、
 片見月は縁起が悪いので、
 中秋の名月を観たなら のちの月も見ないといけないそうだ。』

中秋の名月こと“十五夜”と対になってる月見というのがあって、
「後の月」や 「十三夜」と呼び、今年は11月1日の晩。
同じ場所で観ないと縁起が悪いとされ、中国由来の十五夜と違い、これは日本独自のもの。
というのも、そもそもは吉原など遊里で生まれたもので、
次の月見にも もう一度来てねという上臈たちからの勧誘のための言い伝えだったそうだが、
秋の夜長に冴えた月を静かに望むなんて、粋なことだというのと同時、
親しい人とじんわりと味わいたいひと時への言い分けや口実でもあったからかもで。

 「夜の街のお姉さんたちからのお誘いだから知ってたんだとは、
  ちょっとあんまり思いたくはないけれど。」

夜の街へも顔を利かせるマフィアには、尚のこと縁のあることだったからか、
それとも若いに似ず何かと粋なことに通じていなさる幹部様だったからだろか。
とりあえず、今年の十五夜は自分と一緒に眺めてくれた彼だったことだしと、
他所への義理立てはないものと安堵しつつ。
中也から聞いたというなら、自分たちもそれをやってみましょうと、
頑張って予行演習に手をつけている愛し子二人。
何とか形になった試作品は、
堅くならないようにと恐る恐る足した砂糖が絶妙にいい具合でまずまずの出来。
良かった成功だねと一息ついたのが丁度おやつどきだったので。
それは美味しいお茶を兄弟子さんに淹れてもらい、
いい艶の出た一口大のお団子を、ぱくぱくりと摘まみつつ、他愛のない話を持ち出し合う。

 「太宰さんも案外と甘いものを食すぞ。」
 「え? そうなんだ。」

それは知らなかったなぁと虎の子くんがびっくりし、
中也さんみたいにコーヒーとかブラックで飲んでそうな雰囲気がするのにねと言えば、
漆黒の覇者殿、弟分の思い違いへ 微笑ましいと小さく口許ほころばせ、

「砂糖もミルクも入れるのがお好きだ。」

大好物として甘味を好むというのではなくて、
知恵者なので集中力を使った後などに甘いもので脳への栄養を補給する必要があるのだろうと
さらりと告げられ、

「そっかぁ。見た目で思い込んでたなぁ。」

だって いかにも大人という包容力満ち満ちた風貌だし、
お酒も強いし、おやつの甘味も時々お食べって譲ってくれるから、
てっきり苦手だと思ってたと、
真相を教えてくれた兄様へ白銀の髪した虎の子が感慨深げな声を出す。
そして…そのままちょっぴり口許尖らせると、

 「ボクも中也さんのこと、そんな風にさらっと把握出来てるようになりたいなぁ。」
 「??」
 「だって、」

共に過ごした歳月の差だ仕方がないとはいえ、
今の今はまだ、中也さんに関することだって芥川に負けてるじゃないかと。
焼きもちとも微妙に違う、だがだが十分に“癪だ”という感情のこもったお顔を向けてくるものだから。

 「…人虎。」

何てまあ可愛らしいことを、しかもこうまで気後れなく率直に言うなんてと、
毒気を抜かれたように目を見張り、
ついのこととて湯呑を運びかけてた手を止めた芥川だったものの。
そのまま ふふと小さな笑みを重ねて見せて、

 「もしやしてどこぞかに盗聴器があるやも知れぬから、
  あまり惚気ると中也さんが太宰さんから揶揄われるぞ?」

 「…何でそういうことを当たり前のように言うかな、もう。」

なんかおかしいぞ、お前にとっての常識、と。
敦くんが微妙に目を座らせたのは言うまでもなかったり。(笑)
普段使いの湯呑を口許に当て、
透徹な顔容ほころばせ、柔らかく笑った兄様は、だが、

 “羨ましがられるほど、豊かに何でも補完しちゃあいないのだがな…。”

出逢ってからこっち、しゃにむに幻のような師の背を追っていただけ。
それが自分を強くするためとはいえ、そりゃあつれない対しようをばかリされていて、
実体と向かい合い、その温みと触れ合えたのはここ最近の話なのであり。
そんな自分が果たして
この子にうらやましがられるような “判っている”身だと言えるのかななんて、
ふと、その胸の内にて小さな小石のような感情を転がしてしまった、黒獣の君だった。





 to be continued. (17.10.08.〜)





BACK/ NEXT